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zoom RSS 仮)平成維新が必要な時期かも。

<<   作成日時 : 2014/02/22 20:51   >>

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こんばんは。

東アジアが落ち着かない。

幕末の頃と重ねて考えてみたら明治維新の発端がみえる。

相手は欧米ではなく、中国、韓国なのだが。

明治維新は、しばしば過大評価される傾向がある。

なぜだろうか?

明治維新は、しばしば世界史上の大快挙だと言われる。

鎖国によって西欧から300年以上も遅れていた日本を、わずか数十年でキャッチアップさせた大革命だというのである。

この議論の基本的前提として、「徳川時代の日本は、世界的に見て貧しく劣等な後進国であった」という事がある。しかし、この前提は間違いである。

司馬遼太郎などの大衆作家が、好んで小説のテーマに採り上げて美化したからで、その結果「維新の志士たちはみな優秀だったのに若死にした。

彼らが長生きして政権の中枢を担っていれば、日本はもっとマシな国になっていた」という神話が出来上がった(と言うか刷り込まれた)

事実、吉田松陰、佐久間象山、藤田東湖、橋本左内、高杉晋作、武市瑞山、坂本竜馬、中岡慎太郎らは、道半ばにして横死した。

志士の生き残りである木戸孝允(桂小五郎)は、新政府の閣僚になったものの、たいした仕事もせずに病死している。また、西郷隆盛は「負け組」となって敗死している。

新政府樹立後に、閣僚にならず貿易商人になろうと考えていた坂本竜馬は、鋭い見識の持ち主であったと思う。

彼は、暗殺を免れることが出来たなら、起業家として五代友厚や岩崎弥太郎に負けないくらいの働きをしていたかも知れない(あくまでも憶測だが)

そんな中で明治新政府を担った政治家の中で最も重要な役割を果たした人物は、大久保利通だ。

江戸幕府が築き上げた「高度官僚統制システム」を承継し、これをそのまま利用し、そしてこの路線を強力に推進したのが大久保利通だったのである。

そのためにこの国が採った方針は、「優秀なエリート官僚を大量に育成し、彼らにイギリスの技術を学ばせる。

そして、彼らが国家全体を指導し啓蒙する」というもので、まさしく、官僚統制型のシステムである。

明治維新とは日本の国体を「近代的封建国家」から「西欧型の帝国主義国家」に改造した事だ。

画像


長い日本の歴史の中で、インドと中国は文明の「お手本」であったわけだが、その「お手本」が西欧文明に無残に敗れ去り搾取を受けている情勢は、「次は我々の番かも」という痛切な恐怖を植えつけられたからだ。

倒幕維新の成り行き上、「天皇を中心とした一元的国家」にするという基本コンセプトは既に決っていた。

天皇をイギリス国王と同様の象徴的な地位に置き、実質的な国政は議会が行うこととしたのだ。

そして議会は、国家の基本理念としての「憲法」に拘束される。

彼らは「立憲君主制度」を始めたのである。

ここで重要なのは、新政府の天皇は、かつて後醍醐天皇が目指したような帝国主義国家の独裁者ではないという点だ。

天皇は、あくまでも議会に従属するのであって、その議会を構成するのは、薩長の要人を中心とした議員たちであるから、彼らとしては天皇を飾り物にした方が、仕事がやり易くて好都合なのであった。

こうして制定された新たな国号は「大日本帝国」。

その基本理念である「大日本帝国憲法」は、明治二十二年(1889年)に紆余曲折の末、発布された。

ここに江戸幕府の基本コンセプトであった「鎖国」と「幕藩体制」は終焉を迎えることとなったのだ。

江戸幕府のコンセプトであった「士農工商」も廃絶され、身分差別は否定され、「四民平等」の社会としたが最下層民であった「えた」や「非人」に対する差別意識は払底できず、これは「部落問題」として今日まで継続している。

西欧列強の仲間入りを果たすために暦を西洋風の「太陽暦」に改めた(1872年)。

それまでの日本は、中国から導入した「太陰暦」を用いていたのである。

新政府は日本が「万世一系の天皇家を仰ぐ世界でも類例を見ない伝統ある国」であることを強調し、国民の愛国心と誇りを鼓舞し、宗教を用いて民衆をコントロールしようと考えた。

「廃仏毀釈」である。

政府は仏教を弾圧し、そして伝統的な神道を強化したのだ。

この当時、新たな神社が日本全国に出来、日本史上の英雄は、片端から「神様」として神社に祀られたのだ。

例えば、吉田松陰は松陰神社、楠木正成は湊川神社、菊池一族は菊池神社の祭神となった。

明治天皇も東郷平八郎も、死んでから神様にされた(明治神宮、東郷神社)。

戦死者は、靖国神社でまとめて神様になった。

明治政府の「富国強兵政策」は、こういった国民の愛国心を前提として国体の改造も西欧文明の導入も行われた。

明治期では、国家試験で優秀な成績を収めた庶民が官僚になるのである。

それでも、徳川300年を君臨してきた官僚主導のドグマは生き残った。

日本の官僚が、しばしば政治家をないがしろにする伝統は、既にこのときから始まったのである。

政治家主導による政治はこの時からすでに芽は摘まれていたってわけです。

中国や韓国の横暴に対応するには、新しい「維新」が必要な時期にきたのかもしれません。

ただ、私利私欲に走る人が多い現代で、はたして維新などできるかはわからないですが・・・・・



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