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zoom RSS 日教組の生い立ち

<<   作成日時 : 2015/05/22 21:30   >>

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こんばんは。

戦後日本の最大の禍根とも言うべき日教組の誕生もまた、ほかでもないアメリカ教育使節団の提言である。

報告書には「教師の権利」として「思想表現の自由、地位の保障、待遇の改善」を実現するため、「校長の支配を受けることなく、自由に討議する」教員組合の「組織の自由が認められるべきである」と明記されている。

この勧告の翌年、日教組が設立された。

最初に、民主党の旧社会党勢力が成り済まし在日朝鮮人であるという事実も頭に入れて置かないといけません。

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戦後、在日朝鮮人は、日本の諸政党の間を移動しながら、反日活動を展開し、最初は日本共産党に所属し、日本国家の転覆、共産党政権(朝鮮人政権)の実現を目指した。

戦後史に詳しい方なら、戦後、日本共産党を再建したのは、在日本朝鮮人連盟であることを知っているだろう。

1945年から1953年までの8年間、日本共産党は在日朝鮮人が支配していました。

自称沖縄人の朝鮮人=徳田球一をリーダーとする日本共産党内の朝鮮人グループ、いわゆる『行動派』が、1950年から展開した軍事方針と称する武装闘争戦略は、朝鮮人による「日本国家乗っ取り運動」でした。

宮本顕治をリーダーとする日本共産党内の日本人グループは、大反撃に出て、朝鮮人グループに握られていた共産党の指導権を取り返し、権力闘争に勝利。

敗れた朝鮮人グループはあっさりと日本共産党と袂を分かち、全学連を結成して反国家活動をおこし、日本共産党から日本社会党への「民族大移動」を敢行したのです。

日本社会党内に誕生したのが「社会党・左派」です。

つまり、日本共産党・行動派と日本社会党・左派は、実は同じグループなのです。

単に看板を変えただけで、その正体は暴力革命を目指す朝鮮人グループなのですよ。

日本社会党および現在の社民党が、むかしから朝鮮総連と深い関係にある理由が理解できましたか?

革マル派、中核派、解放派、赤軍派、これらの組織は、全て朝鮮人の団体です。ここ、試験にでますよ〜

何も武装闘争などする必要はない。

共産党が作った教科書で、社会主義革命を信奉する日教組の教師が、みっちり反日教育を施せば、三、四十年後にはその青少年が日本の支配者となり指導者となる。教育で共産革命は達成できる。

青少年に対し祖国の前途に対する希望の灯を奪い、祖国蔑視、祖国呪詛等の精神を植え付けることが、革命への近道だ


これは有名で、ロシア(ソ連)から密命を受けた松本浩一郎が語った言葉だ。

だから、僕も含めた戦後教育にどっぷりと浸かってきた世代は、間違った思考回路を正常に戻していかないとならないって事ですよ。。

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