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zoom RSS 「徳」(とく)

<<   作成日時 : 2015/06/19 19:21   >>

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こんばんは。

午前11時くらいから雨が上がって、曇り空。

この時間はちょっとムシムシしてます。

反日国家の韓国は、MERSの次は124年ぶりの大干ばつになっている。

指導者に徳がないから災害が絶えない。

伝染病と干ばつは国運が尽きると出てくる現象だと大陸や半島では古来から言われている。

徳(コ、拼音: dé )は中国の哲学特に儒教において重要な概念である。

徳を意味する文字に関して言えば、白川静によると、甲骨文字では大きな目の上に装飾を被った形であり、それは司祭王の目による呪力で土地を抑えることを意味していたが、やがては、統治者としての資質や自然万物を育成する力を表すに至ったとされる。

では「徳」とはなにをさしているのだろうか?

「徳」は、人間の持つ気質や能力に、社会性や道徳性が発揮されたもので、卓越性、有能性で、それを所持する人がそのことによって特記されるものである。

人間に備わって初めて、徳は善き特質となる。

人間にとって徳とは均整のとれた精神の在り方を指すものである。

これは天分、社会的経験や道徳的訓練によって獲得し、善き人間の特質となる。

徳を備えた人間は他の人間からの信頼や尊敬を獲得しながら、人間関係の構築や組織の運営を進めることができる。

徳は人間性を構成する多様な精神要素から成り立っており、気品、意志、温情、理性、忠誠、勇気、名誉、誠実、自信、謙虚、健康、楽天主義などが個々の徳目と位置付けることができる。

儒教の徳

儒教的徳は人間の道徳的卓越性を表し、具体的には仁・義・礼・智・信の五徳や孝・悌・忠の実践として表される。

そして、徳は人間の道徳性から発展して統治原理とされ、治世者の優れた徳による教化によって秩序の安定がもたらされると考えられた。

前漢において儒教は「儒教」とは呼ばれず、もっぱら法家思想の法治や刑に対抗する意味で「徳教」と呼んでいた。

儒教思想において重要な規範的価値は、生まれによってではなくその人の徳の現れた実際の量の結果によって社会的地位が決せらるべきであるということである。

大陸の属国だった半島人は、儒教の影響をものすごく受けておりドラマでも「徳」に関係するストーリーが目立つ。

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報恩謝徳ほうおんしゃとく

恩に報い徳に謝す。
恩に感謝し報いること。
その徳に感謝して受けた恩に対して自分のできる限りのことをしようという気持ち。
報恩は受けた恩に報いることで報徳ともいう。
謝徳は受けた恩に対して感謝の気持ちを表すことで謝恩ともいう。
厳密には恩に報いるのではなく、受けた恩徳に対して如何ともしがたい感謝の気持ちが芽生えてどうしても報いたくなることを示す。

徳の反対は悪徳である。

悪徳をなす1つの方法は、徳を腐敗させることである。

こうして、四元徳は愚昧、無節操、臆病、貪欲となる。

似たような意味合いで「善」というのがある。

善とは社会的な規範に是とされる存在、行為などで、道徳的な価値としての良さ。

道徳的に正しい事、多くの人が是認するようなものとされている。

西洋思想では「善」の反対概念は「悪」であるが、東洋の仏教思想においは「善」の反対概念は「煩悩」である。

すなわち、仏教思想では「善」は心の問題だと説いている。

悪(あく)とは、文化や宗教によって定義が異なるものの、概ね人道に外れた行いや、それに関連する有害なものを指す概念である。

『古事記』において、「悪事」は「マカゴト」と読ませる(古代の解釈では、悪の訓読みは「マカ・マガ」となる)。

対して、「善事」は「ヨゴト」と読む。現代では、マガゴトの漢字は「禍事」を当て、ヨゴトは「吉事」の字を当てていることからも、古代の感性では、禍(か)=災い=悪という図式ということになる。

儒教と道教には西洋思想にみられるような善悪の対立構造がないが、中国の民間信仰では何か悪い物の影響についてよく言及される。

儒教の主要な関心事は知識人や貴人にふさわしい正しい社会的関係・行動にあった。それゆえ「悪」という概念は悪い行動ということになる。

アメリカの重要な精神科医モーガン・スコット・ペックは悪を「好戦的な無知」とみなしている。

罪から逃れ、自己イメージを完璧なものに保とうという意図をもって自己欺瞞を続けている自己欺瞞の結果として他者も欺いている自身の罪を非常に狭い範囲の対象に投影し、他者をスケープゴートにする一方で自分を皆とともに正常に見せかける(「彼に対する彼らの不感受性は選択的である」)

一般に、他者をだますのと同じだけ自己欺瞞のために見せかけの愛によって嫌う
政治的(感情的)力を悪用する(「人間の意志が公然に、あるいは秘密裏に他者に賦課を負わせること」)

高いレベルの社会的地位を保ち、そのために常に嘘をつく。

自身の罪に関して一貫している。悪人は犯した罪の大きさよりもむしろ(破壊性が)持続することによって特徴づけられる。

自分が起こした悪事の被害者の視点に立って考えることができない。

批判その他のナルシシズムを傷つけるような行為を受けた時にひそかに耐え忍ぶことができない。


ここまで読んで、韓国は、MERSの次は124年ぶりの大干ばつと災害に見舞われ続けている原因がなんとなくだが、わかるような気がしないでもない。

どうだろう・・・そうじゃないという意見もあってしかるべきだ。

こじつけて言っているのではないが、韓国民は指導者の「徳」を疑っているのはまちがいないところだな。。

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